Rissho Ankoku Ron (modern language of a classical text)立正安国論

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主人は喜んで、次のように語りました。

 中国の故事に、「鳩が鷹と化し、雀が蛤に変ずる」とあります。まことに喜ばしいことに、あなたは蘭の室に入って身体まで香り 高くなるように、麻の田に入った蓬がまっすぐ伸びるようになられた。現在、続発する様々な災難を振り返り、私の説いた言葉を誠実に信じるならば、世の中は、風が和らぎ、 波が静かになって、日もたたずして豊年となるでしょう。

 ただし、人の心は時とともに移ろい、物の性質は縁によって変化するものです。譬えば、それは水に映った月が 波によって動き、戦場の兵が敵の軍勢になびくようなものです。あなたは今、正法を信ずる決心をしていますが、あとになれば、きっと忘れてしまうことでしょう。

もし、まずは国土を安穏 にし、現当二世にわたる幸福を祈ろうと願うな ば、すぐに心を改め、その方策に思いをめぐらして誘法を折伏し対治することを急務とすべきです。

なぜならば、薬師経の七難のうち、五つの難は既に盛んに起こって、 二難がまだ残っています。それは他国からの侵略である「他国侵逼難」と、国内の戦乱である「自界叛逆難」の二つです。また大集経に説かれる三災のうち、「殺貴」「疫病」の二災は早くから現れていますが、一災がまだ起こっていません。それは戦乱を意味する「兵革」の災いです。さらに金光明経に説​​かれる種々の災禍も次々に起こっていますが、他国の賊によって国内が侵略されるという災難だけは、まだに現れず起こっていません。 また仁王経の七難のうち、日月離や星宿難などの六難は今盛んに起こっていますが、四方の賊が来襲してこの国を侵略するという一難だけはまだ現れていません。 そればかりでなく、仁王経には「国土が乱れるときは、まず鬼神が力を得て乱れ入り、鬼神が乱入するから万民が脳乱する」と説かれています。

 これらの経文に照らして、我が国の実際の状況を考えますと、多くの悪鬼がはや乱入して、そのためにあらゆる国民が横死したことが判ります。先に競い起こっている災難が明らかな上 は、のちに起こるであろう自界叛逆難と他国侵逼難も、疑いなく現れるということです。もし残るところの二難が、悪法を信ずる誇法の罪科によって競い起こってきたならば、その時 いったい、どのように対処されるというのでしょうか。

 世の中を見ると、帝王は国家を基盤として天下を治め、人民は田園を領有して生産に励んでこそ、社会や生活が保たれていくのです。それなのに、もし他国から賊が攻めてきて国土を侵略したり、国内に戦乱が起こって土地を略奪されたならば、どうして驚かずにいられましょうか、どうして騒がずにいられましょうか。 国が亡び、家を失ったならば、人々はいったいどこに逃れるところがありましょうか。あなたがまさに自己一身の安泰を願うならば、まず第一に、世の中が穏やかになることを祈るべきでしょう。

 ことに、人であれば皆、後生の命運を恐れるものです。このために人は知らずして邪教を信じたり、あるいは謗法の教えを貴んだりするのです。人それぞれが 正邪や善悪に迷うことを悪く思いながらも、仏法に帰依することは願っています。どうして同じ信心の力をもって、みだりに謗法・邪義の教説を崇めるのでしょうか(けっして、そうあってはならないのです)。 もし邪教に執着する心を改めず、間違った信仰心が残ってしまったならば、今世の生涯を早く終えることになって、死後、必ず無地獄に独ちることでしょう。

 なぜならば、 大集経には次のように説かれているからです。「国王がいて、過去の無量世にわたって布施、戒律、智慧の修行を積んできたとしても、仏法が滅びようとする相を見ながら 、これを守護しよ としなかったならば、それまでに積んできた無量の善根を、すべて失うことになるであろう(中略)その国王はまもなく重い病気にかかり、臨終ののちには大地震に生を受けることになる。 国王と同じく、夫人も太子も、あるいは大臣・城主・都主等の官僚も、ことごとく地獄に強ちるであろう」と。

 また仁王経にも、次のように説かれています。「仏教を破壊する人には親孝行の子供は生まれない。親子、兄弟、夫婦などの仲が悪くなり、諸天善神も助けない。 そのために病魔や悪鬼に日々侵され、常に災離や苦しみにさいなまれ、死後は地獄・餓鬼・畜生の三悪道に堕ちるであろう。たまたま人間として生まれても、兵士や奴隷としての苦報を受けるであろう。音に響きがあるように、物に影が添うように、また人が夜、明かりのもとで字を書いたあと、たとえ灯火を消しても書いた字は残っているように、この三界で犯した勝法の罪業は死後に悪報として必ず受けていくことになる」 と。

 法華経第二の巻の譬喩品には、次のように説かれています。「もし人が、この法華経を信じないで誹謗するならば(中略)その人は臨終ののちに無間地獄に堕ちるであろう。 また同じく法華華経第七の巻の常不軽菩薩品には、次のように説かれています。「(不軽菩薩を軽んてった人達は、法華経の 行者を追害した罪によって)千怯という想像を絶するほど永い間、無間地獄にあって大いなる苦悩を受けた」と。

 涅槃経には次のように説かれています。「正義を説く善き 友人から遠ざかって正法を聞かず、悪法に執着するならば、その罪の因縁によって無間地獄に堕在して、八万 四千由旬(五十八万八千里四方)もある地獄いつぱいに身体が拡がり、寸分の隙間もなく、永久に地獄の苦しみを受けるであろう」と。

 このように様々な経典を開いてみますと、おしなべて誇法罪の重いことが示されています。ところが悲しいことに国民は皆、正法の門戸を離れて邪教誇法の牢獄に深く入り込んでいます。 そして愚かなことに、皆ことごとく悪教の綱にかかって、末永く誇法の網にからまっているのです。この邪教の霧に覆われた迷いは、かの無間地獄の炎の底 へといざなうものなのです。まことに嘆かわしいことと愁えずにいられましょうか、苦しまずにおられましょうか。

 あなたは一刻も早く邪法を信ずる心を改めて、直ちに真実の一善である妙法に帰依しなさい 。そうすれば、梁婆世界を含む三界はそのまま仏国となります。仏国ならばどうして衰えることがありましょうか。十方の世界はことごとく宝土となります。宝土ならば、どうして破壊されることがありましょうか。国が衰えることなく、国土が 破壊されなければ我が身は安全であり、心は平安になります。この言葉は真実ですから心から信ずべきであり、崇めるべきであります。

 客は、次のように所懐を述べました。

 これらのことを 聴聞し、今生から後生にわたって、だれが慎まずにいられましょうか。だれがしたがわずにいられましょうか。今、ここに経文を開いて、詳しく仏のお言葉を拝したところ、誹謗の罪科は極めて重く、正法を破る罪がいかに重く深いものであるかが解りました。

 私が阿弥陀仏だけを信じて他のすべての仏をなげうち、浄土三部経だけを信仰して法華経やその他の経典を捨ててきたのは、けっして私一個人の誤った考えではありません。それは浄土宗 の開祖等の先達の言葉に随ったまでです。世の中のすべての人々もまた同様です。これでは、今世には種々の災難離のために、いたずらに心をわずらわせ、しかも来世には 無間地獄に堕ちて過酷な苦悩にあえくであろうことは、経文とその道理から実に明らかであり、全く疑う余地はありません。

 今後とも、いよいよあなたの慈悲あふれる訓戒を仰ぎ、ますます私の愚かな迷いの心を打ち晴らして、速やかに謗法対治の方策を立て、一日も早く天下の秦平を実現したいと思います。そして、まず現世の生活を安穏にして、さらには死後の成仏の糧として願っていきます。そのためには、ただ私一人が信ずるだけではなく、他の人々の誤りをも戒め、正していこうと決意いたします。

 

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